不老不死の可否について-分子生物学の視点から-

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1.はじめに

不老不死.それは人類の悲願であり,生物学において究極ともいえる命題である.人はこの世に生を受けた瞬間から,本能的に死に対して抗っているといっても過言ではない.

では,果たして人類は不老不死に到達することが可能なのであろうか.本稿では,不老不死の可否について,分子生物学の視点から検討を行う.

2.不老不死について

本稿では,不老不死について,永久に若く死なないこと,すなわち,時間の経過に伴い通常発生する老化現象が発生しない,あるいは一時的に発生しても若返ることにより,老衰による死から免れた状態のことを指すものとする.

したがって,いかなる傷や病気,苦痛にも耐えられる状態を指す不死身という概念については,検討対象から除外する.

3.老化現象とは

まず,不老不死最大の障害となる老化現象について述べる.

老化現象とは,加齢に伴い発生する不可逆的な生理機能の低下をいう.寿命が近づくにつれ,人体には,難聴や動脈硬化,骨粗鬆症,白内障といった様々な不調が発生する.これが老化現象である.こうした生理機能の低下は,臓器の縮小という形で発現する場合が多い.手足の筋肉はやせ細り,各種臓器は小さくなり,骨密度も低下していく.この現象は脳細胞においても同様であり,CTスキャンで確認すると脳そのものが委縮していることが観察される.

細胞レベルで観察するならば,人体から取り出し培養した細胞は,初期段階ではバクテリアのように活発に分裂を行うが,やがて増殖を停止し,最終的には死に至る.すなわち,分裂可能な回数が多い細胞ほど若い細胞であるといえる.このような細胞分裂能力のみに限っても,老化のメカニズムは完全には解明されていない.

神経細胞や心筋等は,生まれた時には既に増殖を停止しており,以降増殖することはない.また,細胞そのものにおける機能についても,加齢とともに衰えていく.一方で,増殖回数に制限のない生殖細胞やがん細胞のような細胞も存在する.

また,生物界に目を向けるならば,老化をしない生物は多様である.例えば,バクテリアのような単細胞生物は,指数関数的に無限に分裂を繰り返し,老化を起こすことはない.また,ウイルスも単細胞生物と同様の性質をもつ.さらに,樹齢2700年を超えるセコイアスギといった植物も存在する.

しかしながら,人の場合,栄養や環境等においてどれ程手を尽くしても,長寿の限界は120歳前後とされているのが一般的である.

老化とは,体全体において徐々に進行していく現象であり,単一の器官や物質が原因となって起こる病気ではない.従って,これまで用いられてきた老化予防というのは,いわゆる老人病と呼ばれる痴呆症や動脈硬化,骨粗鬆症といった症状に対する予防と同じ手法であった.即ち,規則正しくストレスのない生活,バランスのよい食事,適度な運動といったものが,一時的ではあるが,効果的な老化予防としてみなされてきたのである.

4.老化現象が引き起こされる要因

前項では,不老不死最大の障害となる老化現象について,加齢に伴い発生する不可逆的な生理機能の低下であること,さらに生物界には,老化をしない生物も存在することを述べた.では,人において老化現象を引き起こす要因となっているものは,果たして何なのであろうか.

老化の説は科学者の数と同じであるといわれるほど多様であるが,ここでは,現在最も有力とされているプログラム説,エラー説,活性酸素説の3つに絞って考察する.

プログラム説

人の体の細胞は古くなると分裂し,新しい細胞に交換されるが,この細胞分裂の回数は有限であり,正常な細胞においては50回程度が限界とされている.

細胞内には,テロメアと呼ばれる遺伝子の末端にある特殊な構造をした部分があり,細くて長い染色体が端から壊れないよう固定し,遺伝子を安定化する役割を担っている.このテロメアは,細胞分裂をするごとに短くなり,ある長さまで達するとその細胞は分裂を停止する.即ち,テロメアは細胞が分裂できる回数をあらかじめ規定している部分であり,細胞そのものの寿命を決定する老化時計のようなものと考えられる.

生体内にはテロメラーゼと呼ばれるテロメアを修復する酵素が存在し,不死の細胞である生殖細胞と癌細胞においては,このテロメラーゼが作用することでテロメアを常に一定量保っている.しかし,その他の細胞においては,このテロメラーゼが機能しないことが明らかにされている.

こうした細胞の老化そのものが体全体の老化にどのように関わっているのかについては不明であるが,細胞分裂の周期は約2年から3年といわれており,これを50回繰り返すと120年程度となることから,人の寿命の限界は120年程度とされている.

エラー説

DNAの損傷は,1日1細胞当り最大で50万回程度発生することが明らかになっているが,加齢に伴うDNA修復速度の低下や環境要因によるDNA分子の損傷増大により,修復が損傷に追いつかない状態に陥ると,細胞は老化(不可逆的な休眠状態),癌化,アポートシスといった異常状態となり,正常に機能しなくなる.

エラー説とは,細胞分裂の際に少しずつ発生する突然変異が徐々に蓄積され,最終的に破綻するのではないかという説である.例としてウェルナー症候群をはじめとする早老症においては,ヘリカーゼと呼ばれるDNA修復に関与する遺伝子に異常があることが確認されている.

活性酸素説

活性酸素とは,安定状態にあった酸素分子が電子を失うことによって不安定になり,反応性が高くなった状態をいう.

体内の一つ一つの細胞の中には,ミトコンドリアとよばれるエネルギーを生成するための小器官が存在し,糖や脂肪酸,そして酸素を用いてエネルギーが生成される.この過程で発生するのが活性酸素である.活性酸素は人が呼吸で取り入れる酸素のうち約2%の割合で発生し,細胞膜や遺伝子,酵素等,細胞の損傷を与え,細胞の機能を低下させる.そして不飽和脂肪酸と結合し,有害な過酸化脂質となる.

活性酸素説とは,この過酸化脂質が体内に蓄積されることによって身体組織に損傷を与え,老化現象を促進するという説である.

遺伝子が活性酸素によって損傷を受けると遺伝情報に誤りが発生し,それが積み重なることによって,臓器の機能低下や委縮が引き起こされる.また,DNAの損傷により細胞が癌化する場合もある.

5.不老不死研究の現状に関する考察

前述したように,老化現象のメカニズムについては不明な点が多く,完全な解明に至るには長期的な視点が必要である.しかしながら,一方で,寿命を延長することに関しては可能であることが近年の研究で明らかにされている.

例として,カロリー制限というものがある.マウスを用いた動物実験において,摂取カロリーを30%から40%制限したマウスは,制限していないマウスと比較して寿命が延びたとの研究報告がある.またこの現象は,マウスに限らず多くの生物種で確認されており,人による臨床研究も公的機関で行われている.カロリー制限による寿命の延長のメカニズムそのものについては未だ明らかにされていない.しかし,現実にアメリカのベンチャー企業のいくつかはカロリー制限模倣剤の開発を行っており,実用化が期待されている.

また,老化現象を引き起こす要因について,プログラム説では,テロメラーゼの通常細胞への応用を,エラー説では,DNAの損傷を抑え,修復を促進する研究が行われている.活性酸素説に関しては,アメリカで活性酸素を除去する薬が開発され,それを線虫に投与したところ,寿命が1.5倍になったとの報告がある.これら研究報告から,老化現象を抑制し寿命をある程度引き延ばすことは可能であると考えられる.

しかし,不死への到達には,こうした老化現象を食い止めるアプローチに加え,不可逆的とされてきた老化現象を逆回りさせる.あるいは,細胞分裂のように新しい体のパーツと交換するといった再生医療が不可欠であることはいうまでもない.

この再生医療について,近年ではES細胞やips細胞のような分化万能性と自己修復能力をもつ細胞が開発され,大幅な進展をみせている.一部の臓器については,再生,そして人体への移植が成功したという事例も報告されており,こうした研究がさらに進展すれば,本当の意味での不死が実現する日もそう遠くはないのかもしれない.

参考・引用文献

石川冬木.細胞の寿命はどのようにして決まるのか-細胞分裂時計としてのテロメア.現代化学10月号44-49(1995).
石川冬木. テロメアの機能と構造. 化学と生物 48:493-497 (2010).
Ricklefs, R.E. &Finch, C.E.: Aging. Acientific American Library, New York(1995).
Rose, M.R.: Evolutionary Biology of Aging. Oxford University Press, New York(1991).
Buss, L.W.: The evolution of individuality. Princeton University Press, Princeton(1987).
Kirkwood, T.B.L. &Cremer, T.: Hum. Genet. 60, 101-121(1982).
老化のメカニズム.森の里ホームズ.2014年11月15日検索.
http://mh.rgr.jp/memo/mz0111.htm

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hiragushi
自信がもてないアラサー。ぼっち。 少しでも自分を変えたいとじたばたしている。

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