序論
生活習慣病とは,悪性新生物や心疾患,脳血管疾患,高血圧症,糖尿病,痛風など,40代から60代半ばの中高年に発症リスクの高い疾患の総称である.なかでも,死因上位を占める悪性新生物,心疾患,脳血管疾患の3つは,3大死因とよばれている.平成27年度厚生労働省人口動態調査によれば,2015年の死亡者数1,290,444のうち,3大死因によるものは,678,432であった.すなわち,52.6%,約2人に1人がこれら疾患により,命を落としている.
3大死因をはじめ,高血圧症,糖尿病,痛風などの疾患は,以前は成人病とよばれていたが,慢性的なものが多く,食生活の乱れや喫煙,運動不足などの生活習慣に起因することから,今日では生活習慣病と呼ばれるようになった.
1960年代以降,高度経済成長や,欧米文化の流入を背景に,滋養豊富で風味絶佳な食品が市場に出回ると,過食や偏食といった食の問題が表出し始めた .これに喫煙や運動不足などが加わり,生活習慣病の問題が大きく取り上げられるようになると,食品の機能に関する研究が盛んに行われるようになった.食品の本質的な機能について,文部省(現文部科学省)科学領域重点研究班「機能性食品研究班」 は,栄養素としての1次機能,感覚及び嗜好としての2次機能,健康の維持向上に寄与する生体調節としての3次機能に分類し,研究を進めた .日本発祥の1次機能,2次機能,及び,3次機能の考え方は,いまや世界中に広がり,各国の論文においても,この言葉が散見されるようになっている.
食品における機能,特に3次機能が一般に広く認知されるようになった誘因の1つとして,「フレンチ・パラドックス」によるポリフェノール文化の浸透が挙げられる .ヨーロッパ各国において,動物性脂肪の摂取量と心疾患による死亡率との関係について調査した結果,動物性脂肪の過剰は,心疾患による死亡と強い相関があることが報告されている.しかし,フランスについては,この相関が当てはまらず,逆にイギリスおいては,摂取量の水準と比較し,死亡率が極端に高い傾向がみられた.この要因について,Renaud(1992)は,両国に大きな消費量の差がある赤ワインに着目し,赤ワインに含まれるポリフェノールとよばれる化合物が心疾患の予防に寄与すると提唱した.
心疾患の原因となる動脈硬化は,動脈壁の血小板が凝集した部位にコレステロールが付着することで徐々に血管が狭まり進行する .冠動脈の直径は,もともと3-4mm程度と非常に細く,冠動脈壁動脈硬化が進行すると血流が不足し,狭心症や心筋梗塞などの心疾患を引き起こす.
では,コレステロールの血管への付着はいかにして発生するのだろうか.以前は単純にコレステロールが血管に沈着することにより,動脈硬化が進行するものと考えられていた.しかし現代では,脂肪分を多く摂取すると,血液中のLDLコレステロールが増加し,これを多量に貪食したマクロファージが死滅して血管壁へ付着し,動脈硬化を進行させるというのが定説である.そして,ポリフェノールには,LDLコレステロールの酸化を防ぐことで動脈硬化を予防する効果があると考えられている.
現在,ポリフェノールの機能に関する研究は,in vitroから臨床試験に至るまで,様々な報告がなされている.前述した心疾患の予防に限らず,抗アレルギー作用,抗炎症作用,腸管免疫の賦活化など,その機能は多種多様である.また,これらを利用した特定保健用食品,栄養機能食品等のポリフェノール製品も数多く市場に供給されており,今やポリフェノールは,我々の生活に欠かせないものとなっている.
しかしながら,一方で,ポリフェノールの機能や分類,生体利用性,及び,既存の製品に関してまとめられた報告は,非常に限られているのが現状である.これは,ポリフェノール研究がいわば過渡期にあたり,ここ20-30年で急速に蓄積された知見と市場の拡大に対し,検証や考察が追いついていないことによるものと推察される.
そこで本稿では,これまでに報告されているポリフェノールの分類や機能,生体利用性,及び,製品に関するアプローチや認識を整理することで,ポリフェノール研究における課題を明らかにし,今後のポリフェノール研究に貢献することを目的とする.
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参考・引用文献
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